山岡 憲夫
日本ホスピス緩和ケア協会 九州支部代表幹事

 日本ホスピス緩和ケア協会九州支部では、熊本で地震による震災を経験した協会正会員(緩和ケア病棟・緩和ケアチーム・診療所など19か所)を対象に震災約2か月後の時点でのアンケートを行った。 多くの正会員施設が被災しており、建物のみでなく、人的な被害、精神的な被害を受けていた。緩和ケアを提供する医師や看護師やスタッフ自身が被災者である。 自宅が全壊し、車中泊や避難所に泊まって、そこから通勤するスタッフも多く、自らも被災しながら、患者さんのケアにあたっていた。さらに、その上に病院等の施設も様々な被害を受けた。
 今回の熊本地震の特徴は震度7を連日2回経験したこと(日本では初めてと聞いている)と共に、その後、長期間にわたり余震が続いていることである。 本震発生後2か月を経た後でも毎日、余震があった。今回のアンケート調査の結果から、熊本市をはじめとした都市部とその周辺部の激しい地震によって生ずる様々な被害と教訓が判明した。 それを以下にまとめる。

1.水の補給が一番である

被災後3日間が最も大変で、特に水の補給は重要である。病院は優先して自衛隊などから多量の水の補給が得られていた。給水車も利用した。

2.次は食糧である

病院では3日間の食糧備蓄では足りないことがある。それ以後に食糧の買い出しをしたり、外部から食物の支援を受けていた。 阿蘇の病院では「出荷できなくなったイチゴ、アスパラ、牛乳など農家の方から頂き助かりました」との心暖まるエピソードもあった。

3.さらに電気である

停電中はもちろん停電が復旧してもすぐに、エレベーターが使えない。そこで、病院では食事を弁当にして、スタッフが人海戦術によるリレー方式で建物の上の階まで直接運ぶこともあった。 水や電気が回復しても、暖かい食事を患者さんに提供するまで時間がかかったこともわかった。

4.病院は避難場所になる

地震直後、病院に周囲の住民が集まってきて避難所となり、その場所の確保や食べ物の確保が大変で、備蓄用の食糧がなくなったところもあった。 住民は、地震直後病院に集まり、その後、避難所へ行くということもあることがわかった。

5.スタッフは出勤する

多くの病院で震度7(4月16日の深夜1時過ぎ)の直後にスタッフは病院に集まってきた(ある病院では75%の職員が集合した)。 多くのスタッフが自分の家の事より病院の患者さんや他のスタッフのことを心配していた。ある病院では27名のスタッフの自宅が全壊、車中泊のスタッフも100名居たが、ほとんどのスタッフは勤務していた。 熊本の医療従事者の「職業魂」はすごいと感じた。スタッフの多くは、避難所に居るより病院に勤務したほうが良い、と思っている。

6.託児所は必須である

震災後、学校は休校になるが、幼稚園や託児所も休園となる。このため若いスタッフ(特に看護師)には、託児所が必須であり、病院側が配慮して、あるフロアを託児所として使っていたところが数か所あった。 これらの事例から、若いスタッフの欠勤の理由として子どもを預けられないことが多く、託児所の確保が必須であることもわかった。

7.麻薬や点滴など薬剤の補給

思ったよりこれらの補給があり、問題なかった。ただ、薬剤部門が被災して薬剤が破損し、薬剤の供給に困った病院もあった。

8.病院看護師の夜間勤務

2回の震度7が夜間にあったこともあり、夜勤をするスタッフが怖がることがあった。そのため、複数夜勤にしていた病院もあった。 ある病院では今回の地震による被災で7名が退職した。その多くは家の全壊などで勤務地を変更せざるを得ないためであったが、新人の看護師が、病院勤務を怖がり退職した事例もあった。

9.こころのケア

ある病院ではスタッフがお互いを傾聴し共感し、共に涙を流しあうことで、むしろ結束が強まった病棟もあった。 また、別の病院では震災直後から、心理的ケアを担当する専門医が連日(1日2回:時間を決めて30分から1時間)対応して、スタッフのケアをしていた。

10.被災地の外から必要な支援について

1)物の支援:個人では食糧、水は最低3日間あれば、なんとかなる。特に水が大切である。そのほかオムツや生理用品。
  病院では、患者だけなく、スタッフ、地域の人のために最低1週間分の食材確保が必要である。
2)人の支援:人手も必要でボランティアはとても助かった。また、1-4週間を目途に、スタッフを休ませるためにも医師や
  看護師の支援も必要であり、実際その支援があって助かった事例もある。
3)お金の支援:被災したあと1週間後には必要となる。
4)精神的支援:被災の後、多くのスタッフは精神的に疲労している。我慢したり、あるいは使命感のみで働いたり、相当
  に無理をしている。患者や家族のみでなく、スタッフのケアが必要である。
  ある看護師の話を紹介する。「余震におびえ、水と電気のない生活は大変辛い時間でした。しかし、多くの人の支援
  (支援物質・応援・ボランティア・お手紙や電話)があり、人のぬくもりを感じました。辛い気持ちを多くの人に緩和
  して頂き、感謝でいっぱいです。」

11.震災(災害)マニュアルについて

災害を想定したマニュアルは必要だが、実際には電話も通じないし、連絡も取りようがないことが多い。むしろ日頃から災害を想定した訓練が必要である。

12.その他

*受援力(支援を受ける力)も必要だと思う。ひとから素直に援助を受けることも大切である。
*慢性期のストレス:1か月を過ぎると、なんともいえないストレスがあり、疲労が続く。様々な人からのお見舞いもあり
 がたいが、「そっとしておいてほしい」場面もある。1か月以後も慢性期のストレスに対するケアが必要である。
*仕事を休めない葛藤:家や子供などの事で欠勤せざるを得なくなると、自分だけが休むことで罪悪感を感じたり、悩んだ
 り葛藤することもある。
*緩和ケア病棟の患者さんの訴え:多くの緩和ケア病棟で震災直後2-3日間は患者さんの訴えが急に少なくなった。患者さん
 も我慢するのかもしれない。また、死亡も被災直後はいつもより少なかった。

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